たとえば寝る前に
あの資料、途中だったな
と頭をよぎり、なかなか眠れない。
そんな経験はありませんか?
あるいは家族と過ごす時間にも関わらず、まだ終わっていないプレゼンの構想が頭から離れない──
これは心理学でツァイガルニク効果と呼ばれる、私たちの脳に備わった自然な仕組みによるものです。
表記Zeigarnik effect
- ザイガルニク効果
- ゼイガルニク効果
- ゼイガルニック効果
とも呼ばれています。
ツァイガルニク効果の定義

ツァイガルニク効果とは、
完了した課題よりも未完了、または中断されたことの方が強く記憶する心理現象
を指します。
やりかけのことが気になって仕方がない
状態のことです。
この現象は単なる気のせいではなく、科学的に証明された脳の働きです。
脳が「未完了」を記憶し続ける理由
なぜ私たちの脳は、未完了のことばかり覚えているのでしょうか。
その背景には、2つの心理的メカニズムが働いています。
1. 緊張状態の維持
未完了のタスクに対して、脳は「やり終えていない」という緊張状態を保ちます。
この緊張がタスクへの注意が持続させ、記憶に残り続けるのです。
2. 認知的不協和の解消欲求
「やるべきことが終わっていない」という違和感を脳が察知し、その不快感を解消しようとする働きです。
完了するまでこの違和感が記憶を強化し続けます。
一方でタスクが完了すると脳の緊張は解放され、自然と記憶から薄れていきます。
ツァイガルニク効果の発見
ツァイガルニク効果は1927年に旧ソ連の心理学者ブルーマ・ツァイガルニク博士によって発見されました。
ツァイガルニク博士はある日、レストランでウエイターたちが注文中は顧客の細かい要望まで完璧に記憶しているのに、会計が済むと突然それらを忘れてしまう傾向があることに気づきます。
この発見をきっかけに、博士は綿密な実験研究を重ね、記憶の仕組みが人間の脳に普遍的に存在する心理メカニズムであることを科学的に証明することに成功しました。
現代人にとっての意味
未完了タスクが常に頭の片隅にある状態は、複数のプロジェクトを同時に進行するビジネスパーソンや、生活内でもマルチタスクをこなす現代人にとって集中力や生産性に大きく影響します。
何かを「先延ばし」したことによる焦燥感や、休日でも仕事のことが頭から離れない状態の根底には、このツァイガルニク効果が関係している可能性があります。
逆に言えば、この心理メカニズムを正しく理解することでより効果的なタスク管理や働き方の改善につながるのです。
日常生活でのツァイガルニク効果例

ツァイガルニク効果は私たちの日常生活のあらゆる場面に現れています。
なんとなく気になるという感覚の背景にはツァイガルニク効果が働いている場合が多々あります。
テレビや動画コンテンツ
連続ドラマの「次回予告」
放送回での終盤でいきなりとんでも展開になると、続きが見たくなってしまう。
「このモヤモヤ感」がツァイガルニク効果の典型例です
途中で止めた動画
移動中に見ていた動画を中断すると、後になって続きが気になる
「あの続きはどうなったんだろう」と何度も思い出す
「続きはWebで」の広告
TVのCMから自社Webサイトへ誘導するマーケティング手法
「続きが知りたい」という欲求を利用したテクニック
仕事・作業での体験
未完成の資料作成
プレゼン資料を途中まで作って帰宅した夜、家族との時間中にも資料のことが頭に浮かぶ
「あの図表、どう仕上げよう」と考えてしまう
中断された片付け
部屋の整理を途中で止めると、その後もずっと気になり続ける
「あそこを片付けないと」という思いが続く
未完了プロジェクト
プロジェクトの途中で休暇に入ると、休暇中もプロジェクトのことが頭に残る
「あの問題点はどう解決しよう」と考え続ける
SNS・メッセージアプリ
未読通知の赤いバッジ
LINEやSlackの未読表示を見ると内容を確認するまで気になり続ける
「早く読まなければ」という感覚もツァイガルニク効果によるもの
SNSの途中投稿
InstagramやTikTokのストーリーの一覧に表示された動画を一通りみたくなる
「続きを見ていない」という感覚が記憶に残り続ける
未返信メッセージ
メッセージに返信せずにいると、常に頭の片隅に残る
「あの人に返信しなくては」という義務感が押し寄せる
タスクやゲーム
未完了タスクの一覧
NotionやTodoistに並ぶ「進行中」のタスクを見ると、プレッシャーを感じる
「早く片付けたい」という心理的な圧迫感
ゲームのセーブ
ゲームを途中でやめると、あのステージを早くクリアしたいという思いが後を引く
「あのステージを早くクリアしたい」という思いが残る
未完成のパズル
途中まで完成したパズルが気になって仕方なくなる
「もう少しで完成するのに」という思いから手が伸びる
共通する特徴
これらの例に共通するのは、
何かが完了していない状態が脳に強い印象を残す
ということです。
完了したタスクはすぐに記憶から薄れるのに対し、未完了のものは驚くほど長時間、私たちの意識に残り続けます。
このような影響を受けやすい私たちだからこそ、ツァイガルニク効果を上手く活用することでより効果的な行動につなげることができます。
ビジネスでツァイガルニク効果を応用する

ツァイガルニク効果を理解することで、意志の力に頼らず自然と行動が継続する仕組みを作ることができるようになります。
タスクを分割して推進力を生む
たとえば大きなプロジェクトを前にすると、どこから手をつけていいか分からず、つい先延ばしをしてしまいがちです。
そういった場面でツァイガルニク効果を上手く活用すると効率的に課題解決へと向かうことができます。
例:企画書作成の場合
- 構成を考える(30分)
- 資料を収集する(1時間)
- アウトラインを作成する(45分)
- 各章を執筆する(章ごとに1時間)
と細かく分けることで、ひとつのステップを完了した後も
次は資料収集をしよう
という具体的な未完了タスクが脳に残ります。
なぜツァイガルニク効果が有効なのか
脳はやり残しを記憶し続けるため、自然と次のステップに意識が向きます。
大きなタスクの重圧ではなく、小さな続きが気になる状態を作ることがポイントです。
会議の終わり方を工夫する
会議は完結させるのではなく、あえて「次回までの宿題」を設定して終えることで、メンバーの関心を次回まで持続させることができます。
例えば、
来週までに各自で競合分析を1社ずつ調べてきましょう
次回、今日のアイデアをもう少し具体化して発表しましょう
というある種の宿題設定は、単なるタスク管理以上の効果があり、メンバーの自発的な思考や準備を促しプロジェクト自体への当事者意識を高める側面もあります。
加えて会議と会議の間もプロジェクトへの意識が途切れることなく、自然と継続的な関与を促す効果もあります。
学習効率を上げる「途中で止める」勉強法

ツァイガルニク効果を活用した効率的な学習継続のコツはきりの良いところで終えないことです。
例えば、
章の途中で止める興味深い内容の真っ最中で勉強を切り上げる
問題の途中で止める解答を確認する直前で一旦中断してみる
次の予習だけする翌日学ぶ内容の見出しだけ確認して終える
といった続きが知りたくなる状況をあえて作ることで、自然な欲求が翌日の学習開始を後押しするため、モチベーションに頼らない学習戦略が実践できます。
記憶定着を促進する中断の効果
意図的な未完了状態の活用
完全に理解するまで勉強するのではなく、8割程度の理解で一旦止めることで、脳が自然と
この情報は重要で、まだ処理が完了していない
と判断し、記憶に残りやすくなります。
復習効果の向上
この「未完了感」により、無意識のうちに学習内容を思い返す時間が増え、長期記憶への定着が促進されます。
未完了状態による記憶定着の効果は脳科学的にも裏付けられていて、
脳は未解決の課題に対してより多くのリソースを割り当てる傾向がある
ことが分かっています。
そのため自然と復習プロセスが促進されるようになります。
実践する際のポイント
小さく始めるいきなり大きく変えるのではなく、ひとつのタスクから分割を試してみる
終了タイミングを意識する「もう少し続けたい」と感じるタイミングで止める
次のステップを明確にする中断する際は、再開時の具体的で明確な行動を決めておく
過度な未完了感はストレスの原因となる可能性があるため、適度な中断を心がけることが重要です。
重要度の低いタスクにはツァイガルニク効果を使わないようにすることで、効果を最大限に活かすことができます。
一方で、ツァイガルニク効果を意識的に活用する際は、個人の性格や仕事のスタイルに合わせて調整することも大切です。
注意点とバランス

ツァイガルニク効果は強力な心理的メカニズムですが、使い方を誤ると逆効果にもなりかねません。
特に「気になるタスクが多すぎる」状況になってしまうと、集中力や健康をむしばむ原因になり得ます。
逆効果になる場合
ストレス過多のリスク
未完了タスクが増えすぎると、脳は常に緊張状態を強いられ心理的な負荷が蓄積していきます。
これは常に何かに追われている感覚につながり、睡眠の質や判断力の低下を招くことさえあるので注意が必要です。
優先順位の混乱
すべてのタスクが気になる状態になると、何から手をつけるべきかが見えにくくなります。
集中すべき仕事よりも目についた未読メールに気を取られてしまう──それでは本来の目的を見失ってしまい、本末転倒になりかねません。
健全な活用のコツ
意識的なコントロール
ツァイガルニク効果をすべてのタスクに使うのではなく、戦略的に活用することが重要です。
たとえば、今週中に確実に進めたい業務にだけ適用し、それ以外は完了主義で処理する。
こうした緊張と解放のメリハリが継続的な集中力を保つ秘訣です。
ツァイガルニク効果を最大限に活かすには、あえて「未完了」と「完了」のバランスをとる視点が不可欠です。
戦略的に緊張状態を作りながら、定期的に解放し、自身の思考と感情をメンテナンスすることが、継続的な成果と効率的な思考習慣を作っていきます。
複数の矛盾する認知(考え、信念、価値観等)を同時に抱えた時の不快感を解消しようと無意識的に考えや行動を変えようとすること。
ストレスを感じたときに起こりやすい状態です。